リード文
親から子への住宅取得資金の援助は、贈与や貸与が一般的です。
とは言え、住宅金額はとりわけ高額で生活設計の中に占める割合も非常に高いものですから、慎重にかつ前向きに対処していきたいものです。
親にとっては相続対策の大きな柱、子にとっても住宅購入という一生涯の内でもとりわけ大きな買い物となります。
上手に計画を立てて、スムーズに親から子へ財産移転をしておきたいものです。
お得な贈与方法などを事前に知っておき、タイミングや時期を逃さずに、有効に活用することがとても大切で重要となります。
そこで、不動産売買の仲介営業やコンサルティングを40年経験してきた私が、親から子への賢明な住宅取得資金贈与のコツを詳しくわかりやすく解説します。
「どうすればいいかわからない」「一人で悩んでいる」そんな方は、ぜひ本記事を参考にしてください。

親から子への住宅取得等資金の援助方法
贈与を検討する前に、まずは親から子への住宅取得資金の援助方法にはどのような種類があるのかを考えてみましょう。
贈与するのがよいのか他の方法を試した方がよいのかは、家族構成や財産状況によっても異なるものですが以下についてみていきましょう。
- 貸与
- 親と子の共有
- 贈与
貸与
貸与を選択検討するケースは、以下が想定できるかもしれません。
- 他の子の兄弟姉妹との間で公平を保つため一時的な貸与として扱い、贈与とみなされないようにする
- 子に返済義務を持たせることで責任感を育てる
- 親自身も将来的に資金が必要になる可能性がある場合、貸与にして返済を確保する
- 子の収入状況に合わせて返済条件を柔軟にすることで、無理のない負担を設定する
- 贈与ではなく貸与による支援を希望する子の意思を尊重する
家族ごとの事情や目的によって異なるため、具体的な対応は慎重に検討するべきです。
親から子への貸与は、実態は贈与ではないかと税務署に疑われ追及されて、多額の贈与税を追徴されてしまうケースもあります。
対策として、正式な契約を結ぶことが重要です。双方が合意の上で返済計画や金利について明確にしておくことで、将来的なトラブルを避けることができるからです。
また実際の返済も金融機関を経由するなど客観的に明確にして、贈与疑念の余地を払拭しておく必要があります。
親と子の共有
金銭を貸与するのではなく、住宅資金の内で足りない資金を親が出して親名義も入れ、子と共有登記にしておく方法もあります。
たとえば、建物は将来的には経年劣化し、相続税評価額も減っていくものです。
将来的に相続税評価額が下がっていく財産を、何でもかんでも早めに生前贈与していく意味や価値はあまりありません。
建物のように財産評価額が減っていくものは、一部を親名義にしておいてもよいでしょう。
子が何人かいる場合には、それぞれの子の取得する住宅建物の一部が親名義であってもよいと思います。
子の兄弟姉妹それぞれの財産に親名義があれば、それはそれぞれの兄弟姉妹の相続分割分であるという意識が相続人間にも芽生えるでしょう。
それでもなお、相続時の子の兄弟姉妹間の争い事が心配であれば、念のためにさらに遺言を残しておくという手もあります。
贈与

住宅に関する贈与にもいくつか種類がありますので、それぞれみていきましょう。
- 通常の贈与税の仕組み
- 暦年贈与
- 住宅取得等資金贈与の特例
- 相続時精算課税制度
- 住宅取得資金贈与の特例と相続時精算課税制度は併用が可
通常の贈与税の仕組み
贈与のメニューを比較検討するには、贈与税自体の基本的な仕組みを理解しておかないと、何がメリットでデメリットなのかがわからずによいタイミングでの実行の判断、遂行ができません。
贈与の基本をまずは整理しましょう。
贈与税の特徴
贈与税の税率は、他の税と比較すると高い傾向があります。
特に相続税と比較すると、贈与税の税率は累進課税の上限が同じ55%であるものの基礎控除額が相続税よりも低いため、課税対象額が大きくなりやすいです。
たとえば、相続税では基礎控除額が「3,000万円+600万円×法定相続人の数」と設定されているのに対し、贈与税では年間110万円の基礎控除しかありません。そのため同じ金額を一度に子に渡した場合などは、贈与税の方が負担が大きくなるケースが多いのです。
ただし、贈与税は分割して贈与することで税率を下げることが可能です。
特例を含め計画的な贈与を行うことで節税効果を図っていく必要があります。
贈与税の概要
課税対象 : 贈与税は財産を受け取った人(受贈者)が申告し、納税する必要があります。親から子に贈与する場合には、子に贈与税がかかり税納付の支払い義務が生じます。
基礎控除 : 1年間(1月1日~12月31日)に贈与された財産の合計額から基礎控除額110万円を差し引いた金額が課税対象となります。
税率 : 課税対象額に応じて税率が異なり、贈与者が直系尊属(両親や祖父母など)の場合には「特例税率」、その他の場合には「一般税率」が適用されます。
以下に、贈与税の特例税率と一般税率の速算表をまとめてみました。
ご覧いただくとおり、特例税率が適用される場合は税額が軽減されます。
①特例税率(18歳以上の者が直系尊属から贈与を受けた場合)
課税価格 | 税率 | 控除額 |
~200万円以下 | 10% | 0円 |
200万円超~400万円以下 | 15% | 10万円 |
400万円超~600万円以下 | 20% | 30万円 |
600万円超~1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
1,000万円超~1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
1,500万円超~3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
3,000万円超~4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
4,500万円超~ | 55% | 640万円 |
②一般税率(①以外の場合)
課税価格 | 税率 | 控除額 |
~200万円以下 | 10% | 0円 |
200万円超~300万円以下 | 15% | 10万円 |
300万円超~400万円以下 | 20% | 25万円 |
400万円超~600万円以下 | 30% | 65万円 |
600万円超~1,000万円以下 | 40% | 125万円 |
1,000万円超~1,500万円以下 | 45% | 175万円 |
1,500万円超~3,000万円以下 | 50% | 250万円 |
3,000万円超~ | 55% | 400万円 |
参考 : 国税庁「贈与税の計算と税率」2025年
URL https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4408.htm
理解を早めるために、特例贈与財産の贈与税の計算を以下の条件で確認してみましょう。
- 贈与財産の価格 : 500万円
- 基礎控除額 : 110万円
- 課税価格 : 500万円-110万円=390万円
- 税率は特例税率なので : 15%
- 控除額 : 10万円
- 贈与税額 : 390万円×15%-10万円=48.5万円 となります。
このように贈与税額を計算する際には、上記の速算表に当てはめて計算してみてください。
次に通常の贈与以外にも、税制優遇の特例などがありますので確認していきましょう。
暦年課税
暦年課税とは、贈与税の課税方式の一つで1月1日から12月31日までの1年間に受けた贈与の合計額に対して課税される仕組みです。年間110万円までの贈与は非課税となり、それを超えた分に対して贈与税がかかります。
暦年課税は、毎年110万円以下の贈与であれば確定申告もせずに非課税扱いとなります。
この方式は、相続税対策として活用されることが多く、毎年少額ずつ贈与することで相続時の税負担を軽減することが可能です。ただし、贈与者が亡くなる前の一定期間(令和6年以降は7年以内)に行われた贈与は、相続財産に加算されるため注意が必要です。
この一定期間が令和6年を境に扱いが大きく変わったので注意が必要です。令和6年以前は、相続前3年以内の贈与分が相続財産に加算されていましたが、令和6年以降は相続前7年前までの贈与分にさかのぼり相続財産に加算されるように変わっています。
住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置の概要

令和6年度の税制改正により実施されていた住宅購入の際の生前贈与の非課税措置が、令和8年12月31日まで延長、改正されました。
住宅取得のための資金のうち、一定の条件で一定額の贈与であれば非課税扱いになるというとても嬉しいものです。制度内容について解説します。
父母や祖父母などの直系尊属から、住宅の新築・取得・増改築のための資金の贈与を受けた場合において、その資金のうち一定の金額については贈与税が非課税となる制度です。
該当する条件についてさらに確認していきます。
贈与税非課税限度額について
非課税となる金額は、受贈者が購入する住宅の家屋の種類に応じて変わります。
質の高い住宅 | 一般住宅 |
1,000万円 | 500万円 |
質の高い住宅の要件とは、以下のいずれかに該当することとなります。
増改築の場合においては、増改築後の住宅が以下のいずれかに該当するものです。
新築住宅 | ①断熱等性能等級5以上(結露の発生を防止する対策に関する基準を除く)かつ一次エネルギー消費量等級6以上※令和5年末までに建築確認を受けた住宅または令和6年6月30日までに建築された住宅は断熱等性能等級4以上または一次エネルギー消費量等級4以上②耐震等級(構造躯体の倒壊等防止)2以上または免震建築物③高齢者等配慮対策等級(専用部分)3以上 |
既存住宅・増改築 | ①断熱等性能等級4以上または一次エネルギー消費量等級4以上②耐震等級(構造躯体の倒壊等防止)2以上または免震建築物③高齢者等配慮対策等級(専用部分)3以上 |
今回の改正では非課税限度額については従来通りの金額となりましたが、非課税限度額が上乗せされる「質の高い住宅」と呼ばれる要件が改正されました。
「質の高い住宅」とは、表をご覧いただくように省エネルギー性能や耐震性能などの一定の要件を満たした住宅用家屋のことをいいます。
既存住宅の中古物件は、大体が一般住宅扱いで贈与税非課税限度額は500万円と考えた方がよろしいかと思います。ただし、後ほど改めて説明しますが、中古住宅の場合は建物が新耐震基準に適合しているものという要件があり、昭和57年以降に建築されていないとほぼ利用ができませんので要注意です。
住宅資金の定義の確認要
住宅資金の定義をよく確認しておくことも肝心です。
住宅資金とは住宅の新築、購入、一定の要件を満たす増改築などに直接に充てるための資金が対象となります。
よって、以下に記すものは非課税制度の対象とはならないので注意しましょう。
- 居住用不動産そのものの現物贈与
- 住宅取得後に贈与を受けた金銭
- 既存住宅の住宅ローンの一括返済資金
- 仲介手数料などの諸経費に充当された金銭
受贈者の要件
贈与を受ける受贈者は、年齢が18歳以上であることが条件となります。贈与日ではなく1月1日時点の年齢で判定されますから、タイミングに気をつけてください。
また所得要件もあります。贈与を受けた子の年間の合計所得金額が2,000万円を超えると適用が受けられません。
平成21年分から平成26年までの贈与税の申告でこの制度をすでに利用している場合にも、適用が受けられないこととなっています。かつて一度利用している人は対象外ということです。
最後に、贈与を受けた年の翌年3月15日までに物件の引き渡しを受け、居住していることも要件となります。
贈与のタイミングによってはこの制度が使えなくなってしまうリスクが生じるので、物件の引き渡し時期から逆算して贈与年月日を慎重に決めましょう。
なお、新築や増改築工事の場合には特例が設けられており、3月15日までに棟上げ(※棟上げとは、木造住宅の建築工事において柱・梁・屋根などの骨組みを組み上げる工程のことを指します)が完了していて、その年の12月31日までに住んでいれば適用が受けられます。
その際には、確定申告時に3月15日までに引き渡しを受けられなかったことを説明できる書類の提出が必要となります。
受贈者本人が仕事の関係等で入居期限に間に合わない場合には、生計を共にする家族が期限までに居住を開始できれば制度の適用が認められます。
建物の要件
取得する建物の要件もありますので、注意しましょう。
まずは、建物の登記床面積です。50㎡以上240㎡以下で、床面積の2分の1以上が居住用である物件が対象となります。
ただし、受贈者の所得金額が1,000万円以下の場合には、登記床面積の下限が40㎡に緩和されています。最近の若い単身者、カップルの高い購入意欲ニーズを後押しする意味合いもあるのでしょう。
最後は、先にも少し触れました中古住宅の場合の注意点です。主に中古マンションとなります。
取得する中古住宅が新耐震基準の要件を満たしている必要があります。
新耐震基準を満たしているかどうかは、建築年月日で判断します。
耐震基準とは、建築物の設計段階で地震に対する建築物の耐久構造の基準を示すものとなります。
耐震基準が見直され、昭和56年以降に適用されている耐震基準を「新耐震基準」、それより以前に適用されていた基準を「旧耐震基準」と呼ばれています。
そのため昭和57年1月1日以降に建築された建物の場合は、「新耐震基準」としてこの制度の要件を満たしていることとなります。
昭和56年12月31日以前に建築された建物は、「旧耐震基準」なのでそのままでは特例適用要件を満たしません。昭和55年築だが「新耐震基準」を満たしているとか、その後に耐震補強工事を管理組合で行っているなどの場合には、建築士等が行う耐震診断により新耐震基準に適合していることを証明しなければなりません。
そしてその証明に係る調査が、取得日前2年以内に終了しているものに限られています。
贈与税の申告が必要
住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置を利用するためには、必ず贈与税の確定申告が必要となります。贈与税額が無税であっても申告要です。

申告時期は、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15までの期間です。
申告を忘れてしまうとせっかくの特例が使えず、多額の贈与税を払うことになりますから注意しましょう。
ちなみにこの特例の非課税措置を受けなければ、贈与税は質の高い住宅のケース1,000万円で、(1,000万円-110万円※基礎控除分)×30%-90万円=177万円もかかってしまいます。
参考 : 国土交通省「住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置」 2025年
URL https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk2_000018.html
相続時精算課税制度の概要
相続時精算課税制度は、60歳以上の父母または祖父母から18歳以上の子または孫に贈与を行った場合、最大2,500万円まで贈与税が課税されないという制度となります。
養子縁組した子や孫については、贈与前に養子縁組をしていた場合に限り、この相続時精算課税制度の利用が可能となります。
この制度は親が高齢で亡くなった場合、子供も年齢を重ねている場合が多いのでもっと若い時に財産を親から受け取ることができるように、生前贈与を促進する意味合いがあります。
なお、令和6年1月1日以降に贈与された財産については、以前は使えなかった相続時精算課税制度の毎年110万円の基礎控除が利用できるようになりました。
つまり、2,500万円+年間110万円までの贈与は非課税であり、それを超える贈与については一律20%の贈与税課税とされます。逆に言えば、その分を超える贈与は一律20%で済ますことができます。
先に示しました贈与税の計算式(参考 : 国税庁「贈与税の計算と税率」2025年
URL https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4408.htm)では、超過累進税率が用いられていて最大税率55%にも上りますから、比較するとこの制度の税率がかなり低く設定されていることがわかります。
また一生涯において2,500万円の非課税枠内であれば、複数年わたり利用ができます。
一方で、この制度は相続時精算による贈与税と相続税の一体課税でもあり、贈与した贈与財産が贈与時の時価を基準に相続時に相続財産として加算されることになります。
住宅取得等資金贈与の非課税制度のように利用をすれば、相続税評価には反映されないものではないということです。
そのため、相続時精算課税制度を利用して贈与した財産の時価が、相続時に大幅に下がっていた場合には、贈与時の高い状態の時価を基準に相続税がかかってしまうことになります。
2,500万円という大きな金額の贈与税は、特例税率に基づく計算式に当てはめると860万円となります。
860万円が非課税となるこの制度には大きなメリットがある半面、相続時にデメリットも生じますから次項以降で確認していきましょう。
相続時精算課税制度の利用にあたっては、住宅取得等資金贈与の特例と同様に、確定申告が必要となります。
贈与を受けた翌年2月1日から3月15日までに贈与税申告をしなければなりません。
相続時精算課税制度では、贈与税申告の際に「相続時精算課税制度の選択届出書」添付します。
制度の利用で資金贈与にかかる贈与税が0円となる場合でも贈与税申告は必須なので注意してください、
相続時精算課税制度のメリット
以下の5つのメリットがあります。
- 早期に多額の財産を贈与できる
- 相続の際のもめ事を未然に防げる
- 年110万円の贈与まで相続税が課税されない
- 値上がりの可能性が高い財産を贈与すれば節税になる
- 収益物件を贈与することで収益が受贈者のものとなる

早期に多額の財産を贈与できる
相続精算課税制度には、2,500万円もの贈与税非課税枠があります。
さらに2,500万円を超えても、贈与税の税率は一律に20%に軽減されます。
一方、通常の暦年課税では年に基礎控除は110万円しかなく、基礎控除を超える金額には10~55%の累進税率で贈与税がかかってしまいます。
たとえば、一括で5,000万円を贈与する場合を比較すると、
暦年課税(特例税率の場合)は、
(5,000万円-110万円(基礎控除額))×55%-640万円(控除額)=2,049.5万円…(A)
相続時精算課税制度利用の場合は、
(5,000万円-2,500万円-110万円※基礎控除額)×20%=478万円…(B)
贈与税額の違いは、
(A)-(B)=1,571.5万円
と大きな差額が生じます。
相続の際のもめ事を未然に防げる
相続発生時の子など親族間の相続争いを未然に防ぐことができます。
預貯金などの現金であれば遺産分割方法に困ることは少ないですが、不動産などの遺産分割のしにくい財産であると、相続争いの火種となってしまうこともあるでしょう。
そのため、財産の所有者が生前に贈与したい相手を選んで財産を贈与しておくことで、亡くなった後の子など親族同士の争いを防ぐという使い方も有効です。
年110万円の贈与まで相続税が課税されない
暦年贈与では贈与から7年以内に贈与者が死亡した場合、その間の贈与で取得した財産すべてが相続税の課税対象となります。年110万円の基礎控除に収まっている贈与財産も対象です。
加算される範囲が令和6年以降は、相続前3年から7年に延長されたことは先に説明したとおりです。
対して相続時精算課税制度では、年110万円の基礎控除内に収まっている贈与財産に関しては、贈与から7年以内に贈与者が死亡したとしても相続税の課税対象とはならないこととされています。
値上がりの可能性が高い財産を贈与すれば節税になる
相続時精算課税制度を利用した贈与財産は、贈与時の時価を基準に相続財産に加算されます。
そのため、土地や株式など将来値上がりする可能性が高い財産を相続時精算課税制度で贈与し、相続時に実際値上がりしていたとしても、贈与時の低い時価で相続時の財産評価を計算できます。相続で財産を譲るよりも相続税の負担が低く抑えられるのです。
収益物件を贈与することで収益が受贈者のものとなる
今回の親から子への居住用住宅取得資金贈与とはテーマが外れてしまいますが、相続時精算課税制度の有効な利用方法も別途ありますので解説付記しておきます。
賃貸アパートなどの収益物件を相続時精算課税制度を利用し生前贈与すると、贈与財産から生じる収益は受贈者のものとなります。
贈与者が収益物件を所有したままでいると、毎月毎年の収益が贈与者の財産に加算され、相続発生時に相続財産が増え相続税の課税対象となります。
贈与者から受贈者へ生前贈与しておくことで、収益部分の相続税の負担を抑える効果的な利用もあります。
相続時精算課税制度のデメリット
一方、以下のデメリットがあります。
- 相続時に価格が下がっていても贈与時の時価が基準になる
- 土地の相続に小規模宅地等の特例が適用できない
- 登録免許税や不動産取得税の負担が重い
- 暦年課税への変更ができない
- 孫へ贈与すると相続税が2割加算される
- 贈与した財産では相続税の物納制度が利用できない

相続時に価格が下がっていても贈与時の時価が基準となる
相続時精算課税制度の大きな特徴は、生前贈与時には大きな金額の贈与を非課税や税額軽減をし、生前贈与の促進を図りますが、贈与税と相続税の一体課税で相続時には贈与時の時価を基準に相続財産評価を行うというものです。
そのため、相続時精算課税制度を利用して贈与した財産の時価が、相続時に大幅に下がっていたとしても、贈与時の高い状態の時価を基準に相続税がかかってしまうことになります。
逆に、相続時に生前贈与していた財産が大幅に上がっていれば、相続評価額は生前贈与時の低かった価格となるので、税額的には得をしたということになります。
贈与する財産の今後の値動きを、的確に予測することが大切なポイントになります。
土地の相続に小規模宅地等の特例が利用できない
小規模宅地等の特例とは、相続した土地が一定の要件を満たしている場合に、その土地の相続税評価額を最大で80%減額できる制度です。
相続時に相続税を計算する際に使用する相続税評価額が下がれば、支払うべき相続税も安くなります。
土地を相続する際にはぜひ利用したい非常に節税効果の高い特例ですが、この特例を利用できるのは「相続または遺贈により財産を取得した場合」に限られます。
相続時精算課税制度はあくまでも贈与に関する制度ですから、取得した土地には相続時に利用できる小規模宅地等の特例は適用することができません。
贈与や相続、それぞれで適用できる特例や制度を比較検討して、より節税効果の高い方法を選択していく必要があります。
登録免許税や不動産取得税の負担が重い
登録免許税と不動産取得税は、不動産を取得した時にかかる税金です。
こちらも相続時と贈与時を比較すると、贈与で取得した場合の方が税率が高く設定されています。
登録免許税は贈与には、固定資産税評価額の2%の登録免許税がかかります。一方、相続の場合にかかる登録免許税は、固定資産税評価額の0.4%と軽減されています。
不動産取得税も贈与時には固定資産税評価額の3%ですが、相続時には不動産取得税はかからないことになっています。
暦年課税への変更ができない
一度、相続時精算課税制度を選択すると二度と暦年課税への変更ができなくなります。
もう一度、暦年課税の復習です。
暦年課税とは贈与税の課税方式の一つで、1月1日から12月31日までの1年間に受けた贈与の合計額に対して課税される仕組みです。年間110万円までの贈与は非課税となり、それを超えた分に対して贈与税がかかります。
この方式は、相続税対策として活用されることが多く毎年少額ずつ贈与することで、相続時の税負担を軽減することが可能です。ただし、贈与者が亡くなる前の一定期間(令和6年以降は7年以内)に行われた贈与は、相続財産に加算されるため注意が必要です。
暦年課税と比較されるもう一つの課税方式として相続時精算課税があります。これは贈与時に一定額まで非課税とし、相続時にまとめて課税する方式です。どちらを選択するかは、贈与の目的や財産の種類によって異なりますが、相続時精算課税制度を利用すると暦年贈与への変更はできなくなります。
制度の利用上、暦年課税では非課税分の年110万円を超えた場合のみ贈与税申告をすればよいのに対し、相続税精算課税制度は「相続時精算課税選択届出書」と添付資料を税務署に提出する手間もあります。
ただし、異なる贈与者からの贈与であれば、暦年贈与と併用することは可能です。たとえば、父からは相続時精算課税制度で贈与を受け、母からは暦年贈与を受けることができます。
孫へ贈与すると相続税が2割加算される
相続時精算課税制度には、子だけでなく孫への贈与にも適用されます。
今回のテーマは親子間贈与ですから孫への贈与はまた別事案になりますが、孫の場合には一点注意が必要ですから以下に追記しておきます。
相続時精算課税制度は贈与時には2,500万円まで非課税ですが、贈与者の相続時には贈与時の価格で相続税評価をされるものです。
そして相続税には「相続で一親等の血族(代襲相続人となった孫を含む)と配偶者以外の者が財産を取得した場合には、相続税が2割加算される」というルールがありますので、孫はその適用となります。
贈与した財産では相続税の物納制度が利用できない
相続税が支払えない場合、現金ではなく相続した不動産や株式などで相続税を支払う「物納制度」があります。
しかし、相続時精算課税制度によって取得した財産は、あくまでも贈与された財産なので相続税の物納にはあてられません。
相続時精算課税制度を利用する際は、受贈者が相続発生時に相続税を支払える資金があるのか等々、相続税納付の方法や道筋に問題がないかもよく確認しておくことが重要となります。
相続時精算課税制度を利用すべき人とは?
ご覧いただいたとおり2,500万円までの贈与非課税枠がある相続時精算課税制度ですが、メリットやデメリットも多く混在しています。
どういう人が利用すればよいのか、よくわからなくなってしまっていると思いますので整理してみましょう。

相続時精算課税制度を利用すべき人は、以下の方々です。
- 相続財産が相続税の基礎控除の範囲に収まっている人
- 年間110万円を超える贈与をしている人
- 賃貸アパートなど収益物件を所有している人
- 値上がりが見込まれる財産を所有している人
それぞれみていきましょう。
相続財産が相続税の基礎控除の範囲に収まっている人
相続税の基礎控除は、以下の計算式で算出されます。
相続税の基礎控除額=3,000万円+(600万円×法定相続人の数)
たとえば、法定相続人が1人の場合は3,600万円
法定相続人が2人の場合は4,200万円
法定相続人が3人の場合は4,800万円
上記の法定相続人の数に合わせた基礎控除額までは相続税がかからないわけです。
相続時精算課税制度を利用した贈与財産額+その他の相続財産額=が基礎控除額を下回るまでは、これらの財産移転に贈与税も相続税もかからないということになります。
つまりは、法定相続人が1人の場合には、
3,600万円(基礎控除額)-2,610万円(最大2,500万円+年110万円控除額)=990万円
法定相続人が3人の場合には、
4,800万円(基礎控除額)-2,610万円(最大2,500万円+年110万円控除額)=2,190万円
その他の財産が990万円や2,190万円の場合には、その他の条件が合えば積極的に相続時精算課税制度の利用を考えてみてもよいでしょう。
年間110万円を超える贈与をしている人
暦年課税における贈与税の税率は高めに設定されていて、累進税率でもあります。大きな金額の贈与を検討する場合には税負担が重くなります。
そのため、すでに年間で110万円以上の贈与をしていたり繰り返している場合には、相続時精算課税制度を利用することで税負担を抑えられる可能性があるでしょう。
賃貸アパートなどの収益物件を所有している人
収益物件を所有したままでいると収益が貯まっていき、相続財産が増えていくことになります。
そのため相続財産を増やさないという観点から、収益物件を相続時精算課税制度で生前贈与をしていくことは有効な相続節税対策となります。
値上がりが見込まれる財産を所有している人
相続時精算課税制度は大きな贈与非課税枠がありますが、相続時には贈与時の価格で相続税評価額が行われます。
よって値上がり見込みのある財産は、相続時精算課税制度で生前贈与をし、値下がりが見込まれる財産は相続時までそのままにしておく選択も必要です。
都心の駅近の土地は値上がりしそうですが、一戸建の建物部分は経年劣化し減価償却で年々値下がりしていくものです。
値下がりするものは、生前贈与せずに相続財産として譲っていくという選択も得策でしょう。
参考 : 国税庁「相続時課税制度の選択」 2025年
URL https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4103.htm
住宅取得等資金贈与の特例と相続時精算課税制度は併用が可

先に解説しました住宅取得等資金贈与の特例と相続時精算課税制度の併用は可能となります。
そのことにより、最大3,610万円の贈与に対する贈与税を無税とすることができます。
内訳は、住宅取得等資金贈与1,000万円+相続時精算課税制度2,500万円+暦年贈与110万円です。
片方の制度利用だけでは非課税枠が足らないなど、高額な住宅取得資金を贈与検討している場合には一考です。
それぞれの制度内容についてはすでに解説済みですが、併用することで緩和等されていることもあるので追記します。
相続時精算課税制度は「贈与者が60歳以上であること」が利用条件の一つです。
しかし住宅取得等資金贈与の非課税制度と併用する場合に限り、この年齢制限が撤廃され60歳未満の贈与者であっても相続時精算課税制度の利用が認められます。
なお、60歳未満でも認められる上記の特例は現在、令和8年12月31日までの贈与に限るとされています。
今までも制度を利用できる期間が延長されたことはありますが、制度の利用者が少ない場合等は制度自体が廃止される可能性も考えられます。
制度利用を考えている方は、早めの検討に着手されてください。
まとめ

住宅の取得には、多額の資金が必要となります。
子の住宅取得の資金援助として、生前贈与を検討し相続財産を減らしていく方策があります。
上手く活用すれば、親子ともに喜ばしい結果が訪れるでしょう。
今回はそのための住宅取得等資金贈与の非課税制度と、相続時精算課税制度を中心に利用条件や注意点について説明をしてきました。
諸制度の利点を理解するには、贈与税や相続税の基本を知っておかないといけないので、その点についても触れてきました。
ただし、贈与税の特例は計画通りに適用しないと、逆に多額の贈与税がかかってしまうリスクも生じます。
制度の適用に失敗してしまっては、元も子もありません。
税の知識だけでなく、実行のタイミングや段取り等、慎重で的確な判断や目配りも大切ですから、ぜひ税務のプロ、税理士にもご相談していただき遂行されてください。
親と子のいっそうの絆が深まり、親子それぞれがさらに充実した人生を謳歌されることを願っています。